しなやかな心h2-icon-diary

暑かった夏が過ぎ、例年より早い秋雨前線で、朝晩は肌寒いくらいです。五十路も半ばの小生は、猛暑の疲れでいささか閉口気味ですが、若い皆さんは元気一杯の毎日でしょう。

さて、夏休みの間、病院見学や面接で、たくさんの学生さんと会えました。あたりまえのことですが、それぞれに個性があります。同じことを問いかけても、受け取り方やそのときに生じる感情、解決のための方法など、一人一人まったく違っています。

流行りの言葉を使うなら、コンテクストの違いと言うのかもしれません。コンテクストとは「背景」とか「文脈」などど訳されることが多いのですが、それまでの経験や育ってきた環境、周りにいた人たちなどの影響を受けて身に付いた、考え方や感じ方の癖、文化のようなものをまとめて指す意味で使われていると思います。

このことは、臨床研修に大きく影響します。コンテクストの差は、研修の前提が人によって違うということを意味します。それなのに、臨床研修の到達目標は、すべての研修医にとってただ一つ、同じものなのです(厚生労働省のホームページをご覧ください)。

もちろん多少のバリエーションは許容されますが、大筋ではこの省令の趣旨に沿った考え方や行動をする医師になるように、二年という限られた時間の中で皆さんに変わってもらわなければならない。それが臨床研修です。それを促すために、指導医もまた人を教育する考え方やスキルを身に付けなさい、そういうふうに自分を変えて下さい、と求められます。それが臨床研修なのです。

でも、それってはっきり言って難しい。早い話、指導医が望ましい形に自己変容に成功していれば、「手本にしたい指導医は滅多にいない」などと皆さんが言うはずがありません。そういう皆さんも、大学の教官や先輩、友人たちに「こうやって勉強すればいいよ」と指摘を受けたとき、「いや、あたしにはこのやり方が一番いいんだ!」と自分のスタイルにこだわって、結局は助言を受け入れなかった思い出があるでしょう。直球を痛打されると、もっと早いボールを投げようとしてむきになってしまう。変化球を投げろというコーチの言葉も上の空、ますます痛打される。それが人間というものです。

病院でも、研修医がそういう気持ちになる瞬間をよく見かけます。顔から耳にかけて朱に染まり、ぶっきらぼうな言葉づかいをして、しまいに無口になるのですぐにわかります。指導医との間に気まずい空気が流れます。

自分の変わらぬ信念や目標を持ち続けることは大切なことです。でも、そのためにいつも同じで考え方でいる必要はないと思います。目指す頂上は変わらなくても、登頂に至る道はいろいろあってもよいのです。ただ一つの道にこだわると、かえって手間がかかったり、アクシデントが起きたりします。行き過ぎた頑固さは、成功の妨げになるのです。回り道に見えても結局は近道だったりすることが世の中にはよくあります。

教育とは人の行動を変えることだ、という言葉があります。行動を変えるには、考え方が変わらなければなりません。研修を受ける皆さんも、指導医という立場の小生たちも、柔軟に新しい考え方を受け入れることができる、そんな自分でいたいものです。

新しい考え方とは、それまでの自分にはなじみのない思考です。洋服に慣れているところへ和服を着るようなものです。最初はつらいです。でも、それに慣れれば、キュートで現代っ子だと思っていた自分が大和撫子だったことに気が付くのです。

変化を受け入れる、しなやかな心。縁があって当院で一緒に研修する仲間には、それこそを手にしてほしいと思っています。もちろん小生自身も。ではまた、次回。

 
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