第42回 言葉の力h2-icon-diary

当院では毎年一回、イノベーションレクチャーと銘打った講演会を開いています。ここでいうイノベーションとは、新しい発想を持ち、自分や自分の所属する集団の意識や行動を変え、新しいステージに上ってゆくようなイメージを持っています。同じ環境の中にいたのでは、新鮮なアイディアは生まれません。医療とは異なる分野の方を講師に招くことが大切です。今年は十一月の末に、国語教育がご専門の、玉川大学大学院、松本修教授を招いて、「言葉の力-読みの交流でつながる-」というタイトルでお話ししていただきました。

思うに、私たちはあまりに話をしなくなっています。スマホやネットを見ることには夢中になるのに、人に自分の気持ちを伝えるとか、ほかの人の考えを聞くということをほとんどしない。君たち若い人たちの様子を見ていると、むしろそれを煩わしく感じているような気さえします。患者さんに対しても、医療チームの仲間にも、話を聞いたりしたりすることは医師として欠かせないことなのに。

松本先生は、子供むけに書かれた詩の一節を用いて、何について語っているのか、参加者にディスカッションを促し、その結果を発表することを求めました。最初はみんな静かです。自分が試されているような気がするし、間違ったことを言ったら笑われそうだし。でも、そんな心配は杞憂でした。もともと一つの正解しかない問いかけではありませんし、ディスカッションしやすいように、松本先生がグループの人数を調整してくれていましたから。次第に会場は賑やかになり、自分が考えてもいなかったような意見が出ると、なるほどと感心する声も聞こえていました。

もっと頭を柔らかくしなくては。-そんなふうに感じた参加者が多かったかもしれません。しかし、松本先生のねらいは別のところにあったような気がします。

自分ひとりで考えていたのでは、限られたアイディアしか生まれません。一途になればなるほど、自由な思考が停止してしまいます。だから言葉も出てきません。

しかし、ひとたび自分の考えを言葉にすれば、たとえそれが拙かったり、「何も思いつきません」といったものだったとしても、近くにいる人がそれを聞いてくれます。その相手は、あなたの意見に対する感想を口にしてくれるでしょう。あるいはあなたの発言が、相手に自分の意見を述べるための勇気を与えるかもしれません。相手の考えを聞けば、そこにあなたのものとは違う視点が見つかります。あなたは今までとは違った方向から、新しい方法でものを見ることができるようになります。言葉のキャッチボールは、単に気持ちを伝え合うだけではなく、お互いの脳に新しい扉を開き、それぞれの可能性を高める大切な手段のひとつなのです。それに気がつくことこそ、今回の講演の主眼だったのでしょう。

今でも「ムンテラ」という言葉が残っていますが、かつてのドイツでは、患者さんと語り合うことを治療に役立てようとする、Mund Therapieとう考え方がありました。最近ではnarrative medicineと呼ぶのかもしれません。医師と患者の間にも、語りを通じて感じること、考えることがたくさんあります。その人間らしい営みが、病を癒し、みなさんを患者さんの痛みや悲しみがわかる医師にしてくれるのだと思います。あるいは同僚、指導医、他職種のスタッフとの会話。すべてがみなさんを仲間の気持ちがわかり、自分に求められている役割を理解し、言われなくてもそれを実践できる医師にしてくれるのです。

みんな、もっと話をしましょう。ときにはスマホをしまったままの一日があってもいいではありませんか。

 
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