クリニカル・クラークシップh2-icon-diary

この時期になると、医学生が大学のカリキュラムの一環として病院に実習にやってくる。クリニカル・クラークシップと呼ばれるこのシステムは、今や全国どこの大学でも取り入れているようだ。

思い起こせば四半世紀の昔(古い話ですみません)、小生が在籍していた某大学で、全国に先駆けてこのカリキュラムが行われていた。小生も医学部六年生の一学期を、まるまる学外で過ごしたものである。大学が契約した東京都内、関東地方の病院の中から行き先を選び、内科、外科、小児科、産婦人科、精神科をそれぞれ一、二週間ずつあちこちローテーションした。そのほかに、世界中どこへ行ってもよい、electivesという期間もあった。

この間は同級生と会うこともなく、一人である。旅から旅で、次々と新しい病院に移動してゆく。不安を抱えながら、行く先々で医療の生々しい現実に圧倒された。医者になる覚悟を決めた日々であると言ってもよい。ちなみに当時は卒業後母校の医局に入局するのが普通であったが、小生はelectivesで訪れた病院を研修先に選んだのである。

さて、当院に実習に来ているC君である。大学で呼吸器内科、腎臓内科の研修を指示されてきたとかで、それぞれの指導医に頼んでスケジュールを組んでもらった。余った時間はERに出たり、研修医のレクチャーに参加してもらったりして過ごしている。物怖じせずはっきりと発言するし、人の目を見て話ができる。よく呑み、よく食べる。なかなか見どころがある。先輩研修医たちと談笑しているのを見ると、来てもらってよかったな、と安堵する。嬉しい。

そんなC君、職員検診の時期と重なったこともあって、その先輩研修医たちの採血を行う機会に恵まれた。先輩たちの温情に感謝、である。彼らの前腕にはいくつかの皮下血腫ができていたようだが、それは問うまい。ついでに小生の採血もしてもらった。酒精綿で皮膚を消毒し、「痛いですよ」と声をかけ、入ってくれと念じつつ、そっと針を進める。ひとたび血液の逆流があれば、針が抜けないように震える指で支え、シリンジを引く。その調子だ、がんばれ、と心の中で応援する。

思えば小生も、クラークシップで静注を何回か経験させてもらった。ぶるぶると手が震えて、どうにもならなかった。患者さんの罵声を背中に浴びながら、半泣きで病室から逃げ出したものである。

前回、医者には経験が必要だと書いた。若いときの経験はとりわけ大きな意味を持つ。少年の目に焼き付いたスタジアムの輝きは、生涯その心に刻まれ、彼をメジャーリーガーにのし上げるだろう。教室から外に出て、第一線の病院で、現場の風に吹かれてみよう。新しい視界が開けるはずだ。

次はあなたに会えるかもしれない。楽しみにしています。どうぞ、よしなに。

 
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