往く年を振り返るh2-icon-diary

師走も半ばを過ぎ、今年も残りわずかである。年々月日の経つのが速く感じられるのは、の年のせいであろうか。そう言えば、月初めの雪と格闘して以降、古傷の腰痛がぶりかえして辛い毎日である(笑)。

さて、今回のコラムは今年最後になりそうなので、この一年を振り返ってみたい。

この春も、ピカピカの一年生が当院の研修プログラムを選んでくれた。本当にありがたいことである。

彼らは期待に胸を膨らませて、新しい毎日をスタートしたに違いない。その期待は萎むことなく息づいているだろうか。彼らが望んだような、実りある研修の日々を過ごしているだろうか。そうであると信じたいが、一人ひとり個性も考え方も違う。指導医も同じである。そんな人間同士が紡ぐ研修であるから、口に出せない苦労も多かったったに違いない。その悩みを聞いてくれる相手がいただろうか。

一年生から二年生に進級した仲間もいる。新入生の頃に比べたら、長足の進歩である。だが、成長の度合いに個人差がはっきりしてきた印象もある。それをpersonalityというのかもしれない。だが、願わくば、自分自身を引っ張り上げて、自主的に研鑽を積む習慣は身につけていてほしいと思う。そのうえでの個性であれば大いに結構であるが、個性という言葉の裏で、後ずさりしたり、言いわけしたりするようにはなってほしくない。

さて、指導医たる自分である。偉そうなことを言ったり書いたりしてきたが、一所懸命に研修医のことを考えてきただろうか。彼らの相談に乗ったり、彼らと物を考えるたりするときに、手間を惜しだことはなかったか。彼らを一人ぼっちにしてはいなかったか。レジナビで大見得を切ったけれど、本当に天塩にかけて彼らを育てようとしていたか。ほかの指導医たちに、そういう働きかけがどれほど出来ただろうか。
昨今の成人教育の考え方によれば、教育とは人の人生において、生涯持続する好ましい変化をもたらすことだという。それには指導する側が叱ったり、その価値観を押し付けたりするのではなく、教わる側がやる気になり、自主的に考え、行動を変えてゆくように動機づけするのが大切だともいう。

しかるに人間は感情の動物であり、しかも生い立ちや経験、考え方も多様なので、ことは簡単ではない。A男を叱ったけど、あんなに言わなくてもよかった。B子に何度も同じ注意をしたけど、もっと別な言い方があったかもしれない。C太はあのとき自分に何か言おうとしていた、なぜ話を聞いてやらなかったのだろう。

心に手を当てれば、後悔がたくさんある。

だが、下を向いてばかりもいられない。

来年はまた六人の新人が当院の門を叩く。彼らが充実した毎日を送ることができるように、研修環境を整備し直す作業を始めたところである。手間がかかるが、やりがいのある楽しいことでもある。この年になれば、説教するよりも、彼らが研修しやすいようなインフラ整備をしてやることの方がはるかに役に立ち、喜ばれるだろう。

そして来年はもっともっと研修医と話をしよう。彼らは若く、みずみずしい感性を持っている。かつて自分も持っていたが、錆びついてしまったものである。彼らに刺激を受けながら、自分も成長してゆきたい。そう思えるようになったことが、今年の小生の何よりの成果である。

 
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