ひと月が過ぎてh2-icon-diary

 寒かったこの春だが、ゴールデンウィークを迎え、連日の好天である。青空を背に新緑の輝くさまは、生命の躍動感に溢れている。思わず窓を開けたくなる。

さて、ルーキーたちのその後である。研修を始めて一か月が経った。そろそろ病院や仕事にも慣れてくる頃である。そんな彼らの風景を点描してみよう。

ER から心電図モニターの同期音が聞こえる。ドアを開けると研修医たちが林立しているが、上級医や指導医の姿が見当たらない。患者もどこにいるのやら。 

何てことはない。一年生たちの人垣に隠れてしまっているのである。救急の上級医もいささか小柄なのだが、今年のルーキーたちは男ばかりで、みんな背が高い。まるで竹やぶである。それでも一所懸命に採血をしたり、診察をしたり、カルテを書いたりしている。その手先はいかにも拙い。けれども、一所懸命さが伝わってくる。永遠のヤブにならないよう(笑)、こちらも心してかからねば。

たった一か月だけれど、印象的な症例がたくさんあったはずだ。カリウムが 2.0 mEq/L を切って失神してきた人。同じような値で、コントロールの難しい心不全で入院した人。薬物中毒で著しい縮瞳を呈して運ばれてきた人。そんな患者さんに接しながら、さっぱり何もわからない、何もできない、そんな自分であることを、ひしひしと感じたことだろう。

学生時代に話には聞いていたが、現場はこうなのか! 見ると聞くとは大違い、やってみるのはもっと大違い。どんな小さなことでも、自分の目で確かめ、自分の手でやってみなければ何も身につかないことを思い知ったに違いない。手間を惜しんではいけないのである。

そんな中で、受け持ち患者さんとの悲しい別れを体験したルーキーもいた。毎日一所懸命に考えて治療をするのに、病状は改善しない。それどころか次々に新しい問題が出てくる。日々回診をするのがつらかったかもしれない。

だが、君が悪かったわけではない。残念ながら、どんなに医療者が努力しても、どうにもならない患者さんもいるのである。だが、患者さんは命をかけて君たちの前にその姿をさらしている。結果はどうであれ、誠実に診療し、悩み、考えて、自分自身を耕してゆかなければならない。そしてあたかも種をまくように、患者さんに教わったことを、自分の心の深いところで育んでゆかなければならない。

そうやって、医療者は一人前になってゆく。患者さんの覚悟の上に、君たちは立っている。ゆめゆめわが身ひとりのための臨床研修だなどと思わないことだ。

ルーキーたちと小生のやりとりを見ていた当院初期研修医の OB から、「今年のじょんのび先生は研修医に優しすぎる。オカシイ。」と指摘された。別にそんなつもりはなかったが、小生も年をとったし、いつまでもがみがみ言いたくないとちょっと思った次第である。だが、現実はそれほど甘くないこともわかったので、先輩たちに接したがごとく、本来の鬼軍曹?ぶりを思い出さねばと思っている。

先は長い。これから 23 か月。毎日ドンパチしながら、ともに歩んでゆきましょう。それにしても、当直明けの朝は眠い。青空が眩しいぜ!

 
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