新潟県厚生農業協同組合連合会 上越総合病院

初期臨床研修

2012年10月22日

勇気をだそう

昼食を終え、病院の窓から外を眺める。青空にすすきがきらきら光っている。深まる秋の日々である。

先日Y子と当直をした。救急車が7台、それもことごとく入院という激しい夜であった。Y子は翌日も元気だったが、五十路の小生はゲンナリである(泣)。中にPEA→心静止の症例があり、来院後間もなく心拍が再開した。ICUでY子と治療を続けることになった。

ACLSコースで学んだことを思い出して、Y子と確認をする。過換気にしない。酸素を過剰に投与しない。収縮期血圧を90mmHg以上に保つ。急性冠症候群の有無を確認する。低体温療法を考慮する。以前にも同様の症例の経験があり、Y子は理解できているようだ。
「酸素化の目標はどのくらい?」
「サチュレーションで94%です。」
「じゃあ、換気量の目安は。」
「エンドタイダルCO2で35-40mmHgだったと思います。」

そのとおり。気道内圧曲線を描いて説明しながら、呼吸器を設定する。冷却生理食塩水をボーラス投与し、ドパミンを使うが、血圧が低い。こまごまと比例計算をして、アドレナリンの組成と投与速度を決める。心電図や心エコーは問題ない。ブランケットを巻き、膀胱温を34℃まで下げる。 気管挿管、Aライン、CVライン挿入のすべての処置をY子にやってもらった。小生にああしろこうしろと言われながらも、何とかやりとげた。医師免許取得から半年、長足の進歩である。いいぞ、Y子。 だが、治療はこれからだ。血圧は?尿量は?不整脈は?血液ガスは?電解質は?血糖は?患者の状態は刻々と変わる。何度もベッドサイドに足を運んで、Y子は一喜一憂している。

問題が起こった。翌朝の検査で高度の低カリウム血症が認められた。血行動態はほぼ安定しており、不整脈は出ていない。Y子が相談に来る。緊急事態でないことは承知しているが、補正の方法で迷っているらしい。
「輸液にカリウムを加えたらいいと思うよ。CVラインからだし、教科書に書いている濃度より濃くても大丈夫だから。」
「うーん....でも....」
どうしたというのだろう。
「頭ではわかっているんですが、もしかしたらカリウム濃度が上がりすぎやしないかと心配なんです。今まで一日に10-20mEqくらいしか入れたことがないので....」

初めて経験すること、初めて指示することへの不安である。わからないではない。

昔のことを思い出す。医師になって数日後のこと、状態が不安定な患者さんの経過を診るために、病院に泊まった。
「看護師さんたちが○○について尋ねてきたら、××と答えればいいよ。」

指導医は小生に予測指示をあらかじめ教えてくれていたが、怖くて長い夜だった。明け方になって、深夜の看護師が訪ねてきた。
「例の患者さん、痛がっていますが、何か薬を使いますか?」

指導医の指示は、「鎮痛剤は何でもよい。」である。その何でもいいことが決められない。Y子と同じ悩みである。

誰でも最初はこうである。人は臆病で、経験のないことは躊躇するものだ。それが向う見ずな危機の回避に役立っているとも言える。

だが、したことがないことでも、やらなければならないときもある。命に関わる指示であれば尚更である。勇気を絞り出して、前に進まなければならないときもあるのだ。

指導医は研修医が誤りをおかすこと、そのリカバリーに責任を持たなければならないことを覚悟している。小生が泊まり込むことになったのは、そもそもCV挿入で合併症を起こしたからだった。すぐさま処置をして患者を助けてくれたのは、CV挿入を指示した指導医であった。今夜は泊れ、自分のしたことに責任を取れ、と教えてくれたのも彼である。

研修医諸君、勇気をだそう。指導医は見ている。荷が重い宿題を出すときは、君たちに殻をやぶってほしいときだ。信頼してついてゆけばよい。
その後Y子は通常よりもカリウム濃度が高い輸液を指示して、低カリウム血症は改善した。何よりだ。次の当直もよろしく。

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