2023年12月22日
こじょんのび便り!2023年第9号
フロントガラスに霜が降りている。
上越市の朝の車通勤の一角である。エンジンをつけ視界が晴れるのを待つ。晴れるまでの5分間が永遠のように感じ焦りを覚える。
「もう10分早く起きるべきだった。」しゅうぞうは苦笑いし、そう呟いた。
産婦人科の朝は早い。集合時間までに更衣を済まし、入れ替わりの多い病棟患者に一通り目を通しておきたいため、集合の30分前には病院につきたいのである。ところが意に反して今週から冷え込みが強くなりつい布団に吸い寄せられてしまうのである。
「布団が私を離してくれないのだ。」とりあえず布団に罪をなすり、車に乗り込む。
「何を寝ぼけたことを言っているのだ。」そう横やりをいれるのは学士殿である。学士殿は朝早起きし家事を万全にこなして余裕綽々で出勤するのであるからさすがである。
「年齢を重ねると朝に強くなるのだ。」と若干不機嫌になりながら、上越総合病院の駐車場に到着する。朝早くの出勤であるため、他の職員の車も少なく、駐車場はがらんとしており停め放題である。一番入口に近い場所に車を停め、病院内へ入る。言語聴覚士、オペ室看護師、教育研修センター職員など、廊下で挨拶をする顔も固定メンバーである。
研修医室に入るとまだ朝早いというのに、すでに2-3人の後輩がカルテに向かって仕事をしている。「おはようございます。」と皆、気持ちのよい挨拶を返してくれる。
「朝早いのにご苦労なことだ。ぜひ同期も見習ってほしいものだ。」早速、コーヒーを片手に、向上心の高い学士殿の突っ込みが入る。後輩達も愛想笑いを浮かべる。
更衣を終え、研修医室に戻ると、同じく産婦人科をローテしているゲーマーが到着する。「おはよう。」と軽く会釈し、尋常ならない速さで更衣を終えると一人さっそうと病棟へ上がっていく。遅れまい、と慌ててしゅうぞうも後をついていく。
朝のカンファレンス後、新生児の採血、病棟のオペ患者のルート確保が終わり外来までの間、研修医室で待機する。その頃になると他科の研修医も到着し始める。
「昨日の救外も忙しかったな。」そうカルテの前で救急患者一覧を見ながら救急外来患者の議論を始めるのは主席と学士殿である。主席は新潟大学をその言葉通り主席卒業後、研修医の試験でも全国1位の成績を収める、紛れもないエリートである。その主席と肩をならべ”Brain”と評される学士殿がコーヒーを片手に後輩達を巻き込んでオリジナル症例検討会を始めるのが朝の恒例風景である。
「昨日は一睡もできなかったよ。」やつれた表情で救急外来から研修医室に上がってくるのは来年外科への入局を決めたラパロである。ラパロは本人の意思とは反してよく患者を呼び込むのである。「引きのラパロ」と影で呼ばれていることもしばしばある。
しばらくすると、アナウンサーの席でピッチが鳴る。慌てて近くにいた後輩が電話を取り、「まだいらしていません。」と答える。総合診療科をローテしているアナウンサーに朝病棟看護師から指示の依頼が来るのはいつもの光景である。例年、師走に入るとご高齢の入院患者が殺到し、総診の受け持ち患者はパンクするのである。
程なくしてアナウンサーと金ちゃんがほぼ同タイミングで出勤する。「電話がありましたよ。」律儀に後輩が伝えにいき、「ありがとう、対応します。」と相変わらずのいい声でアナウンサーが応答する。
同期は全部で9人いるが、読影とアーミーは不在である。読影は志望科を迷った後、最終的には父の背中を追って放射線科に入局し、現在は地域医療研修中である。アーミーは研修前から乳腺外科への入局を決めており、一足早く来年度の職場である県立中央病院へ旅立ってしまった。同期が揃うことは今後ない。
「もうそういう時期が来たのか。」ぽつりと誰かがつぶやき、「何が?」と誰かが反応する。
「卒業」まで一瞬である。