新潟県厚生農業協同組合連合会 上越総合病院

初期臨床研修

2012年06月25日

ヤブ医者の話

腕が怪しい医者のことを、巷間ヤブ医者と呼ぶ。患者さん同士のよもやま話の中に、「○○先生はヤブでねエ」などのフレーズがしばしば聞かれる。指導医であれ、研修医であれ、そんな話題には上りたくないものですよネ。

そもそも、なぜヤブ医者というのだろう。Wikipediaで調べると諸説あるようだ。曰く、藪をつついてヘビを出す(余計なことをして事態を悪化させる)、野巫(やぶと読む。怪しい呪術で診療する)など。小生が研修医時代に指導医に教えられたのは、「藪の中のように先の見通しがきかないから」という説で、これが一番ぴったりくるような気がする。

先が見通せないのには、いくつか理由があるだろう。疾患や病態についての知識が足りない。診断のための技術が足りない(診察しても異常所見を把握できない。診断に必要な病歴を聞き出せない)。質の高い診療をしようという熱意が足りない。等々。小生にとっても身に覚えのあることばかりである。しかし、最も大きな要因は、経験が足りないことであろう。

昔の話になるが、内科専門医の試験(今は総合内科専門医というらしい)を受けたとき、実診療で一度でも経験したことのある疾患については楽勝であった。が、経験したことのない疾患についての問題については、てんで歯が立たなかった。どんなに本を読んでも、経験しないことにはイメージがまるで沸かないのである。

腎盂腎炎の患者の血圧が急に下がったら、敗血症性ショックを連想しなければならない。気管支喘息の患者の喘鳴が聞こえなくなったら、呼吸停止が目の前に迫っていることに気がつくべきである。ワーファリン服用中の患者のPTINRが極端に延長していたなら、消化管出血や脳出血がすでに起こっていることを連想しなければならない。

こういった瞬時に先を見通す目こそが、臨床医のセンスであり、ヤブ医者に決定的に欠けているものである。このセンスは数多くの経験を通してしか身につかない。藪からヘビを出す痛い思いを何度もしたからこそ、次の失敗をしなくなるのである。

そういう意味では、研修医は例外なくヤブ医者である。彼らは藪の中にヘビやサソリがいることに気がつかない。落とし穴に気がつかず、罠にはまってしまう。手馴れた先達たちのガイドがない限り、藪を脱出できるわけがない。

だからこそ、臨床のいろんな場面で、指導医の意見に耳を貸すべきである。自分の考えと異なる助言を受けることもあるだろう。そんなときは指導医の言うことに一度は従ったほうがよい。指導医は噛まれた痛さを知っているからである。

プライドの高い研修医は、「でも、教科書にはこう書いてあります」と反論するかもしれない。だが、教科書に書いていることは過去の知識であり、常に正しいとは限らない。君たちの知識は、経験に裏打ちされない浅知恵にすぎないこともある。それはときに、正しい診断の邪魔になることさえあるのである。腎盂腎炎からの敗血症や、喘息重積発作、ワーファリンの効果過剰による出血に、気がつかなかった先輩研修医たちが実際にいたのだから。

そういう意味で、初期臨床研修の二年間は、研修というよりは修行の日々なのである。道は長いが、共に歩んで参ろうぞ。というわけで、明日もよろしく。

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