新潟県厚生農業協同組合連合会 上越総合病院

初期臨床研修

2012年10月05日

大切なことは何?

台風が去り、急に朝晩肌寒くなってきた。これからしばらく、澄んだ青空が高い日々が続くだろう。芸術の秋、読書の秋、そして実りの秋である。研修医諸君の実り具合はどうだろう。食欲の秋ばかりではあるまいが。つれづれなるまま、今朝も階段を病棟に向かう。

さて、R子が心電図を手に、U子とW男に質問をしている。正常幅QRSの頻拍である。レートが速すぎて、規則的か不規則かわかりにくい。ACLSのアルゴリズムに則って、R子はATP静注を試してくれていた。そのときの波形を確認する。ATPで一過性の房室ブロックが起こり、隠れていたf波や絶対性不整脈が明らかになる。心房細動である。

この先の治療方針は、患者の全身状態や心機能で変わってくる。その辺を確かめて、W男はベラパミル(ワソラン)で心拍数コントロールをしたらどうかとR子に提案してくれた。要領よく、的確である。R子もU子も、途中からやってきたV太郎も、自分たちもW男と同じ三年目には、このくらいの対応ができるようにならねばと心に誓ったことだろう。屋根瓦方式では、かように先輩のふるまいは重要な意味を持つのである。頼むぜ、W男!

さて、これで一件落着のはずだったが、しばらくしてU子のピッチが鳴る。R子からである。ベラパミルの投与方法についてらしい。本を見ると緩徐に静注と書いてあるが、指導医は持続点滴を指示したとのこと。R子は迷っている。どちらが正しいのだろう?誰に聞こうかしら?指導医の先生はゆっくりと言っているし、循環器の先生には「そんなことも知らんのか」と怒られそうだし....こんなとき、研修医の先輩は実に頼りになるのである(笑)。

さて、U子は「持続点滴にずっとついているのも大変だし、循環器の先生はいつも静注しているよ」と答えたようだ。 さて、みなさんはどう思いますか。 小生が思案するに、こう言っては身もふたもないかもしれないが、どちらも正しい。R子の悩みは本質から外れた問題である。

ベラパミルには房室伝導を抑制する作用に加えて、血管を拡張させて血圧を下げたり、心筋収縮力を低下させて心不全を招いたりする作用もある。房室伝導が過度に抑制されれば、徐脈が高度になって循環動態が悪化する可能性もある。 指導医は経験からそのことを知っている。患者の全身状態を把握して(この患者には心不全の既往があった)、ゆっくり投与した方が安全だという判断をしたに違いない。的確な臨床的判断である。

一方循環器内科医はどうか。この手の薬は使い慣れている。静注した場合の反応がある程度予測できるし、仮に状態が悪化してもリカバーする自信がある。だから静注する。これも正解である。

大切なこと(すなわち本質的なこと)は、ベラパミルという薬剤の効果をよく理解して、有害事象が起こる可能性を小さくしながら投与することなのである。そのための方策は一つではない。むしろたくさんある。患者の背景や自分の力量を考えて、一番適切だと思う手段を選べばよい。これが臨床である。経験が大切だという所以である。

いったい、研修医は本質から離れたことであーでもない、こーでもないという無駄な議論に終始しがちである。そう言ったらU子に叱られた。

「何が大切なことかわからないのが、研修医なんです!」 そのとおり。われわれ指導医も、君たちの信頼に足るだけの存在感を高めなければなるまい。最近の教育学によれば、教育とは、「生涯持続する好ましい行動の変化を人にもたらすこと」である。お互いまだまだである。ともに励みましょうね。

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