2012年10月22日
昼食を終え、病院の窓から外を眺める。青空にすすきがきらきら光っている。深まる秋の日々である。 先日Y子と当直をした。救急車が7台、それもことごとく入院という激しい夜であった。Y子は翌日も元気だったが、五十路の小生はゲンナリである(泣)。中にPEA→心静止の症例があり、来院後間もなく心拍が再開した。ICUでY子と治療を続けることになった。 ACLSコースで学んだことを思い出して、Y子と確認をする。過換気にしない。酸素を過剰に投与しない。収縮期血圧を90mmHg以上に保つ。急性冠症候群の有無を確認する。低体温療法を考慮する。以前にも同様の症例の経験があり、Y子は理解できているようだ。 「酸素化の目標はどのくらい?」 「サチュレーションで94%です。」 「じゃあ、換気量の目安は。」 「エンドタイダルCO2で35-40mmHgだったと思います。」 そのとおり。気道内圧曲線を描いて説明しながら、呼吸器を設定する。冷却生理食塩水をボーラス投与し、ドパミンを使うが、血圧が低い。こまごまと比例計算をして、アドレナリンの組成と投与速度を決める。心電図や心エコーは問題ない。ブランケットを巻き、膀胱温を34℃まで下げる。 気管挿管、Aライン、CVライン挿入のすべての処置をY子にやってもらった。小生にああしろこうしろと言われながらも、何とかやりとげた。医師免許取得から半年、長足の進歩である。いいぞ、Y子。 だが、治療はこれからだ。血圧は?尿量は?不整脈は?血液ガスは?電解質は?血糖は?患者の状態は刻々と変わる。何度もベッドサイドに足を運んで、Y子は一喜一憂している。 問題が起こった。翌朝の検査で高度の低カリウム血症が認められた。血行動態はほぼ安定しており、不整脈は出ていない。Y子が相談に来る。緊急事態でないことは承知しているが、補正の方法で迷っているらしい。 「輸液にカリウムを加えたらいいと思うよ。CVラインからだし、教科書に書いている濃度より濃くても大丈夫だから。」 「うーん....でも....」 どうしたというのだろう。 「頭ではわかっているんですが、もしかしたらカリウム濃度が上がりすぎやしないかと心配なんです。今まで一日に10-20mEqくらいしか入れたことがないので....」 初めて経験すること、初めて指示することへの不安である。わからないではない。 昔のことを思い出す。医師になって数日後のこと、状態が不安定な患者さんの経過を診るために、病院に泊まった。 「看護師さんたちが○○について尋ねてきたら、××と答えればいいよ。」 指導医は小生に予測指示をあらかじめ教えてくれていたが、怖くて長い夜だった。明け方になって、深夜の看護師が訪ねてきた。 「例の患者さん、痛がっていますが、何か薬を使いますか?」 指導医の指示は、「鎮痛剤は何でもよい。」である。その何でもいいことが決められない。Y子と同じ悩みである。 誰でも最初はこうである。人は臆病で、経験のないことは躊躇するものだ。それが向う見ずな危機の回避に役立っているとも言える。 だが、したことがないことでも、やらなければならないときもある。命に関わる指示であれば尚更である。勇気を絞り出して、前に進まなければならないときもあるのだ。 指導医は研修医が誤りをおかすこと、そのリカバリーに責任を持たなければならないことを覚悟している。小生が泊まり込むことになったのは、そもそもCV挿入で合併症を起こしたからだった。すぐさま処置をして患者を助けてくれたのは、CV挿入を指示した指導医であった。今夜は泊れ、自分のしたことに責任を取れ、と教えてくれたのも彼である。 研修医諸君、勇気をだそう。指導医は見ている。荷が重い宿題を出すときは、君たちに殻をやぶってほしいときだ。信頼してついてゆけばよい。 その後Y子は通常よりもカリウム濃度が高い輸液を指示して、低カリウム血症は改善した。何よりだ。次の当直もよろしく。
2012年10月05日
台風が去り、急に朝晩肌寒くなってきた。これからしばらく、澄んだ青空が高い日々が続くだろう。芸術の秋、読書の秋、そして実りの秋である。研修医諸君の実り具合はどうだろう。食欲の秋ばかりではあるまいが。つれづれなるまま、今朝も階段を病棟に向かう。 さて、R子が心電図を手に、U子とW男に質問をしている。正常幅QRSの頻拍である。レートが速すぎて、規則的か不規則かわかりにくい。ACLSのアルゴリズムに則って、R子はATP静注を試してくれていた。そのときの波形を確認する。ATPで一過性の房室ブロックが起こり、隠れていたf波や絶対性不整脈が明らかになる。心房細動である。 この先の治療方針は、患者の全身状態や心機能で変わってくる。その辺を確かめて、W男はベラパミル(ワソラン)で心拍数コントロールをしたらどうかとR子に提案してくれた。要領よく、的確である。R子もU子も、途中からやってきたV太郎も、自分たちもW男と同じ三年目には、このくらいの対応ができるようにならねばと心に誓ったことだろう。屋根瓦方式では、かように先輩のふるまいは重要な意味を持つのである。頼むぜ、W男! さて、これで一件落着のはずだったが、しばらくしてU子のピッチが鳴る。R子からである。ベラパミルの投与方法についてらしい。本を見ると緩徐に静注と書いてあるが、指導医は持続点滴を指示したとのこと。R子は迷っている。どちらが正しいのだろう?誰に聞こうかしら?指導医の先生はゆっくりと言っているし、循環器の先生には「そんなことも知らんのか」と怒られそうだし....こんなとき、研修医の先輩は実に頼りになるのである(笑)。 さて、U子は「持続点滴にずっとついているのも大変だし、循環器の先生はいつも静注しているよ」と答えたようだ。 さて、みなさんはどう思いますか。 小生が思案するに、こう言っては身もふたもないかもしれないが、どちらも正しい。R子の悩みは本質から外れた問題である。 ベラパミルには房室伝導を抑制する作用に加えて、血管を拡張させて血圧を下げたり、心筋収縮力を低下させて心不全を招いたりする作用もある。房室伝導が過度に抑制されれば、徐脈が高度になって循環動態が悪化する可能性もある。 指導医は経験からそのことを知っている。患者の全身状態を把握して(この患者には心不全の既往があった)、ゆっくり投与した方が安全だという判断をしたに違いない。的確な臨床的判断である。 一方循環器内科医はどうか。この手の薬は使い慣れている。静注した場合の反応がある程度予測できるし、仮に状態が悪化してもリカバーする自信がある。だから静注する。これも正解である。 大切なこと(すなわち本質的なこと)は、ベラパミルという薬剤の効果をよく理解して、有害事象が起こる可能性を小さくしながら投与することなのである。そのための方策は一つではない。むしろたくさんある。患者の背景や自分の力量を考えて、一番適切だと思う手段を選べばよい。これが臨床である。経験が大切だという所以である。 いったい、研修医は本質から離れたことであーでもない、こーでもないという無駄な議論に終始しがちである。そう言ったらU子に叱られた。 「何が大切なことかわからないのが、研修医なんです!」 そのとおり。われわれ指導医も、君たちの信頼に足るだけの存在感を高めなければなるまい。最近の教育学によれば、教育とは、「生涯持続する好ましい行動の変化を人にもたらすこと」である。お互いまだまだである。ともに励みましょうね。
2012年09月25日
九月ももう半ばだというのに、まだまだ暑い。今年の夏は長いですね。とはいえ青空は高く、日暮れとともに涼風が流れ、虫の声が美しい。季節は流れているのです。 さて、一年目研修医のV太郎は、この九月から循環器内科ローテートの日々を送っている。まだ二週間しか経っていないが、AMIをはじめ、大動脈解離、拡張型心筋症、肺水腫など、てんこ盛りの症例を経験している。嬉しい悲鳴であろう。 そのV太郎に声をかけて、一緒に考える。 「さあ、この患者さんの問題点を挙げてみようか。」 「えーっと...呼吸困難でしょうかね?」 なかなか進まない。この辺の話は、前回のコラムに書いたとおりである。一年目の研修医としては、あたりまえのことである。 「何で呼吸困難だと思う?」 「サチュレーションが下がっていたし、息も荒かったです。」 悪くない。でももう少し経験して頭がこなれてくれば、頻呼吸とか起座呼吸とかいう言葉が出てくるようになるだろう。 「身体所見はどうだったっけ?」 「手足が冷たくて、心拍数が速かったです。」 「聴診は?」 「心音はよくわかりませんでした。Coarse crackleが聞こえたと思います。」 「Coarse crackleが聞こえたということは、この人の呼吸困難の原因は何だと思う?」 「心不全、でしょうか」 そう、その調子だ。もしwheezingが聞こえたなら、心不全だけではなく気管支喘息も考えないといけないだろう。もっと耳を澄ませて、小生には聞こえていたギャロップが聞こえるようになれば、迷わず左心不全、急性肺水腫と答えられるようになるだろう。 話しながら、前回のコラムで書いたように、カルテに記載を進める。評価や治療法を記載するためには、病態を理解する必要がある。 「心臓と血管を、一つの閉じた回路だと思えばいいんだよ。肺水腫ということは、この回路の中のボリュームは多い、少ない?」 「多いと思います。」 イエス。続いて問いかける。 「末梢が冷たいということは、回路は締まっている?開いている?」 「締まっていると思います。」 そうだ。その調子。 「ボリュームが多いんだったら、どうしたらいいと思う?」 そう、ボリュームを減らせばよい。だから利尿薬を使うのだ。回路が締まっているなら広げてあげればいい。それが血管拡張薬だ。 こんな話をしながら、問題点ごとに評価、プランを書き終えると、一時間半くらいすぐに過ぎてしまう。V太郎の頭にOSをインストールする、大切な時間である。V太郎の表情に満足そうな笑みが浮かんだのを、小生は見逃さなかったのだ(!)。 そのやりとりを、一年先輩のU子が隣りで聞いていた。 「あたしも去年はこんなんだったんですよねー。」 先輩の余裕である(笑)。もっともこんなツッコミにうろたえるV太郎ではない。むしろ喜んでいるだろう。U子の言葉は、後輩に対する暖かな激励でもあるのだから。 そんなU子もまた、当院研修医の一年先輩であるW男に追いつこうと一所懸命である。ひとつ階段を登ると、見えなかった目標が見えてくる。そこに登りたくて、また努力する。 そんな感じで、彼らの毎日が過ぎてゆく。当院風教育回診の一コマでした。
2012年08月29日
もう八月も終わりだというのに、残暑が厳しい日々である。皆さんは夏バテなどせずご活躍でしょうか。 小生はといえば、NARS-J 2012のあと(前回のコラムをご参照あれ)、いっそう身体所見やバイタルサインに注意を払うようになった。患者さんに異常所見(たとえばギャロップが聞こえるとか)があると、すかさず研修医に連絡して診察させるようにしている。今も救急外来に頸静脈が怒張して、脈拍に合わせて拍動する(すなわち右房圧の上昇と三尖弁閉鎖不全がある、ということですよ)患者さんが来たので、実質研修医長のT子のピッチに連絡したところである。「本当ですか!わかりました!」弾んだ声が返ってくるのが嬉しい。 加えて一念発起し、最新版のハリソン内科学を買い込んだ。研修医に見栄を張って英語版にしたので、これからきっと苦労するでしょう(笑)。ともあれ、学生さんや研修医とふれあいながら、指導医もまたactivateされるのである。「教えることは学ぶこと」ですから。 さて、前回休んだカルテの話の続きである。 データーベースができたら、そこから患者さんの問題点を列挙する。「胸痛」「呼吸困難」「コントロール不十分な糖尿病」「独居」・・・・といった具合である。それぞれの問題点ごとに、患者さんの主観的訴え(subject:S)、客観的な身体所見や検査所見(object:O)、自分の評価や解釈(assessment:A)、今後の計画(plan:P)ごとに記載をする。Planには今後の診断確定のプラン(diagnostic plan)、治療方針(therapeutic plan)、患者教育の計画(educational plan)がある。これを書き終て、初期評価と入院時計画が終了する。患者さんが入院したら、容態が変化しないうちに速やかにここまでをまとめなければならない。 ところが、これが難しい。情報の集め方やその解釈のしかた、何を問題点としてリストアップするかによって、まるで違ったものが出来上がってしまうのである。 背が高い、首が長い、黄色い、茶色の模様がある。こう書けば、キリンを連想することはさほど難しくないだろう。しかし、同じキリンの特性であっても、四足、尻尾、草食、面長と書いたのでは、キリンが馬や牛になってしまう。 データベースの中の、どの情報が鍵なのか。重要な情報がどのように関連を持って、患者さんの病状を形作っているのか。それを考えることを臨床推論と呼ぶのだと思う。臨床推論が病名にまで昇華すれば診断である。 問題リストや初期評価・計画を読めば、そのカルテを書いた医師がどんな臨床推論をしたかがわかる。病態の本質を見ぬく推論が出きれいれば、病状は改善する。もちろん、逆もある。この推論の力こそ、医者の力量のきわめて本質的な部分なのである。 よい推論をするには、病態生理についての知識が必要である。経験がきわめて大切であることは、言うまでもない。指導医から呼ばれたら、あるいは研修医仲間から異常所見のある患者さんの話を聞いたら、手間を惜しまずすぐに走ろう。走って診たことを教科書で確かめよう。勉強はそうやってするものだ。 もう一つ重要なことは、自分の担当の患者さんのカルテを、データベースから身体所見、問題リスト、初期評価・計画に至るまで、きちんと書く習慣を身に着けることである。正しい臨床推論をするには、考え方の道筋が必要である。君たちの頭の中に、臨床推論のためのOSをインストールしなければならないのである。近道はない。しかし王道はある。たくさん患者さんを診て、面倒くさがらずに、毎回きちんとカルテを書くことである。書くことは頭を耕すことであり、考えることそのものでもあるのだから。
2012年08月08日
このコラムも八回目。ときどき「読んでますよー。」と声をかけてもらえるようになった。ありがたい。反面、ネットの威力を思い知らされて、いささかドキリとする。肝心の感想はというと、身内は厳しく、院外の方々は総じて好意的だ。ともあれ、いろんな激励(?)を受けつつ、じょんのびの筆は進むのである。 それにしても、毎日暑いですねー。昼は殺人的日照りに打ちのめされ、夜は蒸し暑さに眠りを妨げられて、踏んだり蹴ったりである。もっとも、夏に弱い小生ならずとも、今年はオリンピック観戦で寝不足の輩が多いだろう。 オリンピックが真夏の祭典ならば、小生の周りでも真夏のイベントがあった。「NARS–J 2012」というのがそれである。今回はカルテの話題を離れ、そのレポートをしたいと思う。 小生の勤務する病院を含めて、上越市・糸魚川市内の四つの基幹型臨床研修病院で、「臨床研修上越糸魚川コンソーシアム」という連合体をつくり、さまざまな活動をしている(詳しくは、ホームページの臨床研修のページをご覧いただくか、病院までお問い合わせください)。NARS-Jはこのコンソーシアムが主宰する医学生と研修医のための体験型・参加型学習コースであり、Navigation for Residents and Students in Joetsu(どうってことないネーミングですみません)の略である。 今年はゲストに水戸協同病院の徳田安春先生、群星沖縄臨床研修センターから入江聰五郎先生、笹野幹雄先生をお招きすることができた。総合診療の分野でご高名な先生方である。諸先生のインストラクションのもとで、教育回診を行った。さらにコンソーシアム所属施設から指導医が集まり、消化管内視鏡、腹部エコー、ERでの循環器救急初期対応をテーマに、模擬診療(simulation laboratory)を行った。上越、糸魚川で研修する研修医と、新潟県内外からの医学生、さらに指導医たちも加わって、総勢20名強のコースであった。 教育回診といっても、ピンとこないかもしれない。そこでは、研修医が自分で担当した症例をプレゼンする。その資料を作成することからして、かけがえのない学習である。内容をチェックする指導医も、息が抜けない。一例一例丁寧に、主訴、病歴、review of system、身体所見を紡ぎ、問題リストにまとめあげる。 プレゼンを聞きながら、インストラクターの先生方は研修医や学生に質問を投げかける。その回答を考える作業を積み重ねながら、その症例の病態(病名を当てるのではなく、体の中でどのようなことが起きているのか)を見つけ出すのである。検査所見に頼らない、臨床推論と言ってもよい。この力を高めることこそ、初期臨床研修の大目標である。したがって、研修医にとっては、このうえない学習機会であると言うべきであろう。 はじめ彼らは質問にほとんど答えられない 「えーい、情けない」と言いたいところであるが、言えない。指導医たちだって答えられないのだから(たとえば悪寒と悪寒戦慄の違い、わかりますか)。 しかし、時間がたつにつれて、彼らの重い口が開き始める。去年一年生のときは「えーっと」としか言えなかったQ太郎もP子も、今年はぼそぼそと自分なりの答えを言う。半分くらいは的を得ている。いいぞ、っと思わず心の中で応援してしまう(このあたりはオリンピックのノリである。父親ですね、私は(笑))。彼らにつられて、今年初参加のR子も積極的に質問をする。すると隣で汗を拭いていたS男もボソっとしゃべりはじめる。もちろん、他の施設からの研修医も、学生も、活発に意見を交わしている。プレゼンのT嬢の口も滑らかになる。その調子だ、みんな。 二時間も経って回診が終わる頃には、彼らの表情が高揚感に包まれているのがわかる。彼らのスイッチをオンにしてくれたことを、インストラクターの先生方に感謝する。と同時に、質問の回答がわからずにいた自分、平素の研修で彼らに同じような動機づけができずにいる自分を振り返り、指導医たちはいささか複雑な心境になるのである。 ともあれ、今年のNARS-Jも、ネーミングはともかく、内容は非常に濃密なものであった。来年の夏はさらにバージョンアップさせて(ひょっとしたら春頃にも?)、また開催したいと思っておりますので、どうぞ、全国の学生諸君、上越にお越しください。オリンピックと同様に、参加すること、そしてそこでディスカッションし、体験することに意義があるのだ。お待ちしていますよ!! ちなみに、この夏のイベント以降、明らかに当院研修医たちの目つきが変わった。嬉しいことである。今もS男から「II音肺動脈成分が亢進しているので、右心不全です。診てください。」とのピッチが鳴った。思い切り空振りであったが、その意気やよし。小生も新しい教科書を買って、勉強し直そうかな。
2012年07月25日
さて、可愛い研修医たちのカルテを開いてみる。総じて頑張って書いている、と思う。病歴や検査所見がこと細かに書いてある。日々の progress note もきちんと綴られている。きっと時間をかけて、唸りながら書いたにちがいない。ジーンとくる。 何よりすばらしいのは、日本語で記載されていることである。カルテはそれを利用するすべての人にわかるように書かれていなければならない。ロンドンやニューヨークではないのだから、日本語で書くのが当たり前である。しかし、小生たち古い世代は英語で書く。もっと世代をさかのぼれば、ドイツ語で書く先輩方もいるかもしれない。そのように教育を受けたからである。 当時は、カルテは医者のものであるという考え方が支配的で、ほかの職種や患者さんにそれを見せるなんて考えもしない時代だったのだ。物事の価値観は刻々と変わる。しかし染みついた習慣は抜けず、人は変化に適応してゆけない。そんなわけで、小生のカルテは落第である(ちなみに、英語のカルテで唯一良い点は、記載するのに時間が節約されることである。日本語で同じスピードで書こうとすると、自分でもてんで読めない字になってしまう(笑))。 話をカルテの内容に戻そう。当然のことながら、改善してほしいこともある。 まず、身体所見をもっと詳細に書いてほしい。病歴や検査所見と同じように、あるいはそれ以上に、患者さんを診察した所見は重要なデータベースである。バイタルサインに始まり(呼吸数の確認を忘れないこと!)、頭の先から足の先まで系統的に、いわゆる review of system という視点にたって診察をしてほしい。どの病院のカルテにもそのような身体所見のフォーマットが用意されていると思うので、それを全部埋めるつもりで診察し、その結果を記載する。最後に重要な所見を整理してリストアップする。研修医のうちに、その習慣を身に着けてほしいのである。 以前勤めていた病院で、こんなことがあった。カルテの様式を全診療科で統一させるプロジェクトを進めているときのことである。当然のことながら、これまで述べたような理由で身体所見の用紙を入れる提案をした。しかし、某診療科の指導医から、「こんなものはいらない。○○科ではどうせ××しか診ないのだから、こんな紙を入れるだけ無駄だ。こんな紙が入っていると、書かないといけないことになってしまう。空欄になってしまうのもみっともない。迷惑だ。」 何をか言わんや、である。余談ながら、あまりにも専門分化が進みすぎると、こういう主張が正当化されてしまう。臨床医の目的は患者さんの多様な問題点を解決することにあり、問題点を抽出する刀が錆びついてはならない。総合診療が最近の学生や研修医のトレンドであるが、だとすれば、なおさらこの点が重要である。 さて、身体所見の用紙が埋まらないのはなぜでしょう。それは診察の仕方が未熟だからである。未熟、というには具体的に二つの要素がある。一つは診察の技術、アートの部分が不足しているために、所見を導き出せないという点である。もう一つは、系統的な診察の手順が身についていない、ということである。このことを書きだすと長くなるので別の機会に譲るが、自分なりの、落ちのない診察手順を習慣として(勝手に体が動くように)体に覚えこませることが大切である。根気よく繰り返す以外にこれを習得する方法はないが、根気よく続ければ必ず身につくものである。そんなわけで、system review の所見がきちんと書かれているかどうかを見れば、その研修医の診療に対する姿勢が一目でわかるのである(!)。 さて、病歴、身体所見、検査所見などのデータベースを集めたら、それらを整理して、診療の方針を立てなければならない。ここがカルテのキモであり、君たちの実力を発揮する場所である。と同時に、君たちの弱点でもある。この続きはまた次回、ということで。
2012年07月10日
昨日は日曜日。病棟の当番だったので、入院患者さんの回診をした。早朝から病棟を一周し、診察をして、所見や病状、治療方針をカルテに書く。月に二、三回の、とても貴重な時間である。研修医の受け持ち患者さんを自分なりに診察できるし、研修医が何を考えているかを知ることができるからである。 そもそも、カルテとは何か。医師法では医師は患者を診察したら、所見を遅滞なく(すなわち、できるだけ速やかに)診療録に記載すべし、と決めている。カルテを書くことは、法で定められた医師の義務なのである。 しかし、それはカルテを書くことの消極的な理由である。カルテにはほかにもさまざまな顔がある。他のスタッフと情報を共有し、互いの観察や考察を共有する場所になる。患者さんが何を語り、自分がどんな診療を行ったかの貴重な記録として、自分を守ってくれる唯一の証となる(ちなみに、患者側からカルテの開示を求められたら、基本的に断ることはできないのが今日の考え方である)。さまざまな学術研究のデータベースとなる。 これらに加えて特に研修医にとって大切なことは、カルテをきちんと書くことで、臨床医として必要な考え方のフォーマットが頭の中に作られるということである。 今はどうだか知らないが、小生が学生時代、臨床実習ではどの科でも数名の患者を受け持ち、医師と同じ書式のカルテを渡された。そのカルテを全部自分の記載で埋め、日々の経過記録を書き、実習終了時には実習期間のサマリーを作って、カルテともども提出した。また、CPCやカンファレンスの当番に当たると、対象症例のカルテやらレントゲンフィルムやらを山のように渡され、プレゼンのための資料を作った。 言うまでもなく、大変な作業であった。何を書いたらいいのかわからない。どう書いたらいいのかわからない。専門用語の意味がわからない。そもそもカルテが読めない(!)。ベッドサイドにいる時間よりもはるかに長い時間を蛍光灯の下で過ごしたものの、全く筆が進まず、カップラーメンをすすりながら半泣きで書いていたものである。最初は独力ではいかんともし難く、友人やレジデントに教わったりして、何とか締切に間に合わせていたものである(まがりなりにも医者をやっていられるのは皆さんのおかげです。お世話になりました)。 誰でもスタートはそんなものであろう。ここでくじけずに続けることが大切である。不思議なもので、我慢してやっているうちに、だんだん書けるようになってくる。知識が増えたり、先輩医師の達筆を読めるようになるのもさることながら(笑)、集めた情報を整理する方法に頭が慣れてくることが大きかったと思う。その方法論を学問的にまとめたのがPOMR(問題指向型診療記録)である。 学生時代にトレーニングをしていたおかげで、医者になってからはカルテを書くのにあまり苦労せずに済んだ。もっとも中だるみの五年目の一日、ある指導医に「もっとカルテをきちんと書きなさい」とチェックを入れられ、負けん気に火がついたことがあった。それ以後ますますカルテを書くことに心を砕き、診療情報管理士の資格まで取ったのである。 さて、当院研修医の診療録である。良い点もある。しかしながらツッコミどころが満載である。たとえば…まだまだ長い話になりそうなので、次回に続きます。
2012年06月25日
腕が怪しい医者のことを、巷間ヤブ医者と呼ぶ。患者さん同士のよもやま話の中に、「○○先生はヤブでねエ」などのフレーズがしばしば聞かれる。指導医であれ、研修医であれ、そんな話題には上りたくないものですよネ。 そもそも、なぜヤブ医者というのだろう。Wikipediaで調べると諸説あるようだ。曰く、藪をつついてヘビを出す(余計なことをして事態を悪化させる)、野巫(やぶと読む。怪しい呪術で診療する)など。小生が研修医時代に指導医に教えられたのは、「藪の中のように先の見通しがきかないから」という説で、これが一番ぴったりくるような気がする。 先が見通せないのには、いくつか理由があるだろう。疾患や病態についての知識が足りない。診断のための技術が足りない(診察しても異常所見を把握できない。診断に必要な病歴を聞き出せない)。質の高い診療をしようという熱意が足りない。等々。小生にとっても身に覚えのあることばかりである。しかし、最も大きな要因は、経験が足りないことであろう。 昔の話になるが、内科専門医の試験(今は総合内科専門医というらしい)を受けたとき、実診療で一度でも経験したことのある疾患については楽勝であった。が、経験したことのない疾患についての問題については、てんで歯が立たなかった。どんなに本を読んでも、経験しないことにはイメージがまるで沸かないのである。 腎盂腎炎の患者の血圧が急に下がったら、敗血症性ショックを連想しなければならない。気管支喘息の患者の喘鳴が聞こえなくなったら、呼吸停止が目の前に迫っていることに気がつくべきである。ワーファリン服用中の患者のPTINRが極端に延長していたなら、消化管出血や脳出血がすでに起こっていることを連想しなければならない。 こういった瞬時に先を見通す目こそが、臨床医のセンスであり、ヤブ医者に決定的に欠けているものである。このセンスは数多くの経験を通してしか身につかない。藪からヘビを出す痛い思いを何度もしたからこそ、次の失敗をしなくなるのである。 そういう意味では、研修医は例外なくヤブ医者である。彼らは藪の中にヘビやサソリがいることに気がつかない。落とし穴に気がつかず、罠にはまってしまう。手馴れた先達たちのガイドがない限り、藪を脱出できるわけがない。 だからこそ、臨床のいろんな場面で、指導医の意見に耳を貸すべきである。自分の考えと異なる助言を受けることもあるだろう。そんなときは指導医の言うことに一度は従ったほうがよい。指導医は噛まれた痛さを知っているからである。 プライドの高い研修医は、「でも、教科書にはこう書いてあります」と反論するかもしれない。だが、教科書に書いていることは過去の知識であり、常に正しいとは限らない。君たちの知識は、経験に裏打ちされない浅知恵にすぎないこともある。それはときに、正しい診断の邪魔になることさえあるのである。腎盂腎炎からの敗血症や、喘息重積発作、ワーファリンの効果過剰による出血に、気がつかなかった先輩研修医たちが実際にいたのだから。 そういう意味で、初期臨床研修の二年間は、研修というよりは修行の日々なのである。道は長いが、共に歩んで参ろうぞ。というわけで、明日もよろしく。
2012年06月07日
この時期になると、医学生が大学のカリキュラムの一環として病院に実習にやってくる。クリニカル・クラークシップと呼ばれるこのシステムは、今や全国どこの大学でも取り入れているようだ。 思い起こせば四半世紀の昔(古い話ですみません)、小生が在籍していた某大学で、全国に先駆けてこのカリキュラムが行われていた。小生も医学部六年生の一学期を、まるまる学外で過ごしたものである。大学が契約した東京都内、関東地方の病院の中から行き先を選び、内科、外科、小児科、産婦人科、精神科をそれぞれ一、二週間ずつあちこちローテーションした。そのほかに、世界中どこへ行ってもよい、electivesという期間もあった。 この間は同級生と会うこともなく、一人である。旅から旅で、次々と新しい病院に移動してゆく。不安を抱えながら、行く先々で医療の生々しい現実に圧倒された。医者になる覚悟を決めた日々であると言ってもよい。ちなみに当時は卒業後母校の医局に入局するのが普通であったが、小生はelectivesで訪れた病院を研修先に選んだのである。 さて、当院に実習に来ているC君である。大学で呼吸器内科、腎臓内科の研修を指示されてきたとかで、それぞれの指導医に頼んでスケジュールを組んでもらった。余った時間はERに出たり、研修医のレクチャーに参加してもらったりして過ごしている。物怖じせずはっきりと発言するし、人の目を見て話ができる。よく呑み、よく食べる。なかなか見どころがある。先輩研修医たちと談笑しているのを見ると、来てもらってよかったな、と安堵する。嬉しい。 そんなC君、職員検診の時期と重なったこともあって、その先輩研修医たちの採血を行う機会に恵まれた。先輩たちの温情に感謝、である。彼らの前腕にはいくつかの皮下血腫ができていたようだが、それは問うまい。ついでに小生の採血もしてもらった。酒精綿で皮膚を消毒し、「痛いですよ」と声をかけ、入ってくれと念じつつ、そっと針を進める。ひとたび血液の逆流があれば、針が抜けないように震える指で支え、シリンジを引く。その調子だ、がんばれ、と心の中で応援する。 思えば小生も、クラークシップで静注を何回か経験させてもらった。ぶるぶると手が震えて、どうにもならなかった。患者さんの罵声を背中に浴びながら、半泣きで病室から逃げ出したものである。 前回、医者には経験が必要だと書いた。若いときの経験はとりわけ大きな意味を持つ。少年の目に焼き付いたスタジアムの輝きは、生涯その心に刻まれ、彼をメジャーリーガーにのし上げるだろう。教室から外に出て、第一線の病院で、現場の風に吹かれてみよう。新しい視界が開けるはずだ。 次はあなたに会えるかもしれない。楽しみにしています。どうぞ、よしなに。
2012年06月05日
このコラムを読んだ某女史から、「小生なんて、お年を召した方の文章みたいですねー。」と、実に素直な感想をいただいた。ついでに「もっとこんなことを書けばいいのに」と教育的指導があり、ありがたくそのお言葉を頂戴した(内心少しばかりムッとしたけれど)。 じょんのび先生は照れ屋なのである。私とか僕とか、よう言わんのです。そんなわけで、小生と書くことにしている次第。辞書を引くと、「自分と同等か目下の人に、自分をへりくだっていう言葉」だそうである。読者のほとんどは研修医や学生のみなさんだろうから、まあ、よかろう。ということで今後も小生で勘弁してください。ついでながら、昔の文士風の文体は意図的なものであるので、これも何卒ご容赦のほどを。 前置きが長くなったが、忠告を容れて(笑)、今後しばらくは当院の研修医について、その日頃の様子を書いてゆこうと思う。まずは今朝の患者さんのことからである。 高齢男性が胸痛と呼吸困難で救急搬送されてきた。研修医のA先生、初期研修を終え、循環器の後記研修を始めたB先生と一緒にERに向かう。すでにラインが確保され、高流量酸素が流れている。手足は冷たく、脈は小さい。呼べば返事をするが、もうろうとしている。高血圧で治療中なのに、血圧は70台、モニター心電図は幅の広いQRSの心房細動で、心室性期外収縮が頻発している。 この状態を一言で表現できますか。A先生はわかっていた。そう、ショックである。では、ショックの原因は。突然の発症で胸痛があるから心原性ショックでは、とB先生。十二誘導心電図をとる。「II、III、aVFで少しSTが下がっているみたい」とA先生。「脚ブロックでもないのに、QRS幅が広いですね。心エコーとりましょう」とB先生。左室の広範囲にわたって壁運動が著しく低下している。緊急カテですね、とB先生。一日の長がある。 もう一度心電図を見てみよう。STが下がっていたら、上がっているところがないか探すことだ。I、aVLで少しSTが上がっているだ ろう。きっと左主幹部が詰まったAMIだ。VFになる前に対応しよう。除細動器のパッドを貼って。カテ室へ。急いで!-これがそのとき指導医の考えていたことである。 カテ室に運ぶ。PVCは増え続けている。IABPを駆動させる。冠動脈を映す。予想通りの左主幹部閉塞である。PCIに移る。血栓吸引をして、ステントを入れる。詰まっていた先に、再び血液が流れだす。生きよ、という願いが込められているかのように。 ER到着から血行再建まで30分程度であった。依然重症ではあるが、一つのヤマは越えた。よく生きて病院にたどりついたものだ。VFに陥ることなく辛抱してくれた。まさに紙一重である。患者さんに感謝する。 EBM(evidence based medicine)という。エビデンス、すなわち科学的データに基づいた医療をせよという意味である。学生時代はたくさんのエビデンスを習ってきたことだろう。しかし、EはexperienceのEでもある。経験を積むことなしに、臨床医の進歩はない。AさんとB君、そして指導医との間にあるのは、この経験の差である。若いうちは、とにかくたくさん患者さんを診ることである。豊富な経験が、先を見通す望遠鏡を与えてくれるのである。 ICUに帰室して、Aさんが言った。「何をカルテに書いたらいいのか、何を質問すればいいのか、さっぱりわかりませんでした。」ドンマイ。その目で見てきたのだから、大丈夫さ。 夜、帰り際に様子を覗きにゆくと、患者さんの傍らにAさんとB君がいた。血行動態のデータを検討しながら、治療方針を話し合っている。彼らの将来は明るいに違いない。